ラブホ屋さんのホテル業界研究ブログ

ラブホ屋さんの雑記ブログ

ラブホの話や人生の話など様々な事を書く雑記ブログです(不定期更新)

【トップ表示】このブログと書いてる人の紹介(随時更新)

◆このブログについて

元々は身を置いているラブホ業界の業界研究ブログでしたが、人生の過程で考えた事を色々書いておきたいので雑記ブログとしました。

 

◆自己紹介

経歴:御三家/MARCH/短期離職/ラブホ勤務(現場社員→本部)

中学受験でうっかり御三家だけ合格してしまい、能力も経済力も足りず挫折。うつで歯が磨けなくなり、20代で普通の歯を3本抜く事になったりと散々でした/(^o^)\

大学時代のラブホバイトが楽しかった事をきっかけにラブホ業界に社員として就職。現場を多少経て現在は本部で悪戦苦闘しつつ人生をやり直しています。


資格:世界遺産検定1級、世界遺産検定マイスター

今まで行った世界遺産TOP3は、ペルセポリス(イラン)・アフラシャブの丘(ウズベキスタン)・コブスタン(アゼルバイジャン)です。
今は荒廃した土地でもかつては生活を営んでいた人達がいたんだなぁと太古に思いを馳せるのが結構好きです。生命の連鎖にロマンを感じます。

 

好きなもの:

・旅行:上記に書きましたが歴史に触れる事が結構好きです。派生して先祖調査をしていた事もあります。

・ホテル泊:ラブホでも民宿でも海外の安宿でもどこでも楽しいです。

・ゲーム:ぬるいレトロゲーオタです。特にリンダキューブについては学生時代にプレイしていた事もあり影響を多く受けています。街中にラブホがあるゲームもそうないと思う。いいですよ、回転ベッド!

 

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【御三家MARCHラブホテル勤務】ここ10年+今年の振り返り

早いもので年末です。

仕事納め後のラブホテルは家庭持ちの不倫や風俗利用が減ります。皆様今年もお疲れ様です。

 

さて今年の振り返りをするシーズンですが、高校に囚われ続け卒業から約10年という事もあり、ここ10年のトピックに今年あった事を絡めて書こうと思います。結論、自分なりの幸せが掴めてきたという話ですが話の性質上暗いので注意^^

 

・諸々の前提

現在の会社で5年勤続した時に書いた文章です。

lovehotel.hatenadiary.jp

あと、御三家からMARCHwwみたいなポストがバズっているのを今年見ました。そもそも御三家は23区タワマンSAPIX富裕層何かしらに自信ニキネキが行くべきで、特に御三家MARCHは実家が太いとか特殊能力があるとかじゃないと私みたいに虚無虚無プリンになるので絶対回避してください頼む。

 

・家庭環境について

私の母親は所謂「勉強できない教育ママ」でヒステリーです。学生時代は母親に「いい学校に入れてやったのになんで無能なんだ」「精神科に払ってる金は無駄」と言われ、実家には母親が包丁を突き刺した跡が各地に残っています。見栄え悪いからガラスくらい修理して欲しい。

しかし教育失敗に直面して母親なりに反省したらしく、最近異常に丸くなってコウペンちゃんみたいな感じになったんですよね…。

まあ私の教育費の原資はほぼ祖父の遺族年金とはいえ、母親が正月特別時給で稼いだパート代で育ててもらった恩もあるので会う時くらいは全額私負担で恩を返すようにしています。ヒステリー女とは言え生みの母親なので完全に嫌いにはなれなかった。今では比較的普通に会え、今年は2人で旅行に行けたので過去を昇華できた気分。母親が死ぬまでは親孝行します。

父親はユーモアあるし暴力振るってこないので好きです。ブルーカラーなので「死ぬなら労災で死んで家族にお金を残したい」と言っています。普通に死ぬより葬祭料高いし良いと思う。

 

ところで正月も近いですが、私の親族は叔父さんの離婚したフィリピーナの奥さんが別の男との間に設けた子供達を連れてお年玉をせびりに来たり、叔母さんが新興宗教にハマり私の従姉も洗脳して一緒に家計の金を使い込んでいるため今年も開催自体ありません^^

親もブルーカラーなので昔からみんなで正月を祝った記憶があまりなく、私も今までの正月のうち3回はラブホ勤務で過ごしています。お客さんは全然来ないのに店を開けておく必要はあるものの誰もシフトに入りたがらないので楽な上感謝されるという点は良い、のですが、知人の正月投稿が直視できないという欠陥を抱えているのでコンプレックスとは厄介なものです。

 

・歯科治療について

高校時代のうつ睡眠障害コンボで歯が磨けなかったり溶けたりしてるので全ての歯が虫歯になり、ここ10年で虫歯治療を断続的に続けつつ手遅れの歯を3本抜きました。

残りの歯は28-3で25本、ほぼ神経がないので近い将来入れ歯になると思います。命あるだけまだマシだと思っておきます。

 

学生時代はバイト代を治療に費やしていた事もあり、抜歯した部分は保険適用のブリッジで対応してきましたが、今年とりあえず一か所だけですがインプラントに入れ替えました!歯間ブラシとデンタルフロスの両刀使いで維持に努めています。ただ近くの歯に歯根嚢胞という膿の袋があり、切開して摘出する作業があったりしたため約1年かかりました。長かったです。。

夢のインプラントです。因縁を突き刺して封印できた部分。

 

・仕事について

学生時代のアルバイトからラブホテルの世界に入って8年ほど経ち、現場から本部に移りました。現場に行く事も多く、平日昼から稼動が良いとほっこりします。

今年は部署の半分がごっそり減るという事件が起き、残業しつつ延々と眼の前の事に対処し続ける日々が続きました。ただ環境のせいにして楽な方向に逃げがちな他責思考がある事を課題に感じているので意地で続けています。思い詰めすぎるとまたメンタルやると思うのでいい塩梅で行きたい。一度メンタルやってるので自分の危険信号を察せるのが私の良い所ですw

来年の抱負は仕事に関連する国家試験に合格する事です。仕事以外にも私が人生で経験してきたあれこれにも結構関係しているので関心があるのと、合格したら自信も付くと思うので。

 

あと、現場時代から仲良くしてくれているアルバイト達とは今でも話しますが(清掃のおじさんは店舗の様子をLINEで報告してくれたりして楽しい)、ラブホテルで働く人間は様々なバックグラウンドを持つ人が多いと感じます。ただ高校同期も親の職業ゆえのプレッシャー等色々あるようです。社会には色んな人がいて、それぞれの地獄を抱えながら生きている…というのが御三家出身ラブホテル勤務なりに考えている事です。

 

・高校同期について

高校卒業後は姿を消していましたが、自分なりの色が出せてきたからか年々話せるようになってきました。来月の同窓会には参加してみるつもりです。

今年は高校同期に15人も会いました!素敵な23区の一軒家でシャトーブリアンなどの高級な肉を出してもらって優雅な食事会をしたりしました。お代は不要と言ってくれるあたり余裕がある…。昔は23区一軒家の同期に対しては劣等感しかありませんでしたが、今では雰囲気のおすそわけをしてもらえるのでありがたく思います。

そういえば昨年以前の話ですが、外科医になった高校同期が私の職業に関心を持って連絡してくれたのが嬉しかったです。肛門に異物突っ込んだ人の手術をしたそうですw

 

・結婚について

ここだけ結構王道ですが、大学同期と社会人3年目で結婚しました。

結婚相手は普通の公立高校→MARCH→国家公務員で堅実な人生、私と全然違います。だからこそ衝突しない部分はあるかもしれない。

ただ、遺伝で視覚障害があり多少のアシストが必要な部分があります。(公務員の採用区分は一般枠です。独学で頑張っていたので併記)結婚前から眼の事は分かっていましたが、特に問題視はしていませんでした。あまり順調ではなかった人生だからこそ障害を抱えた人間を支えたいという気持ちが生まれた気がしています。

障害の特性上生鮮食品の選別や調理が難しい事もあり私が自炊全般を担当、結婚相手が資産の管理をしたりで適材適所で回しています。あと、波長が合うので一緒に過ごしていて楽しいです。結婚とは日々の喜びを分かち合う事は勿論、障害の有無に関わらず互いに支え合っていくものではないだろうか。20代で一番良かった事は今の結婚相手と結婚した事です。はいアピール以上!

 

ただ、セカオピ先の医師から失明するかもしれないと伝えられたため今年は急遽手術を2回受け、療養中の身の回りの世話をしたり通院同行をしたりしていました。慌ただしかったですが手術は成功して本当に良かったです。

今年のクリスマスディナーで作りました。料理は創作意欲を満たしてくれるので好きです。
スープカレーは今年の北海道旅行で食べて美味しかったお店のオマージュです。

 

・まとめ

今までは自分の進むべき道が全然見えてこなかったので正直きつい時が多かったです。しかし、ラブホでのアルバイトをきっかけに現在の会社で働いたり、視覚障害のある相手と結婚したりした事で少し道が見えてきた気がします。ようやく楽になってきた…。

ただキャリア関係がまだまだで、やはり学生時代から考えて進んできた人とは雲泥の差です。土台は出来てきたので来年もめげずにコツコツ頑張ります。

ラブホに勤務しながら世界遺産検定の勉強をして1級・マイスターに合格した時の話

お久しぶりです。突然ですが、2018年に世界遺産検定1級、2019年に世界遺産検定マイスターに合格した時の事を書きます。

 

当時、ラブホで現場労働をしながら日々の仕事を楽しむ一方、何かしらの資格に合格して自信を付けたいと考えていました。

何に取り組もうか考えた結果、海外へ一人旅に出て遺跡や博物館に行く事がなんとなく好きだったので、趣味の範囲ではありますがとりあえず世界遺産検定から手を付けてみる事にしました。

 

世界遺産検定の概要ですが、まず2~4級は無条件で受験可能、2級に合格したら1級の受験資格を得られ、1級に合格したらマイスターの受験資格を得られるという流れです。

2級の範囲の世界遺産は約400個なのでまだ良かったものの問題は1級です。1級の範囲は全世界遺産(増えたり減ったりするのでざっくり1,100個くらい)なのでなかなかのボリュームです。試験概要としては試験時間90分・マークシート式90問なので即座に回答していく必要があります。合格点は難易度によって変動しますが200点満点中140点が目安です。

 

勉強場所ですが、当時ラブホの現場社員だった事もあって競合他社研究をしており、平日のフリータイムを有効活用してラブホで世界遺産検定の勉強をしていました。夕方の休憩と同程度の料金なのに長く滞在出来て良かったですw

神奈川・淵野辺のホテルウェーブで1人勉強合宿した時の写真です。
1人なのに2人と勘違いされて2人分夜食が出てきた笑

本題に戻ります。

一回目の受験は合格点まであと1問でした。原因はテキストと問題集1年分に一通り目を通した事で「ま、なんとかなるだろう」と慢心していた事にあると思っています。(落ちこぼれ体験談)

あの1問が解けていれば…と後悔ばかりでしたが、受験勉強に続いてここでも逃げてたら一生ダメだろうなと思い、過去問を2014~2018年版まで買い揃え、自炊から見切り品生活に切り替え、仕事以外は(ラブホの競合他社研究を進めつつ)勉強する生活を半年送りました。

 

過去問で印象深かった事は、タイに友達と一緒に来ているにも関わらず、急にバンチェンの考古遺跡が見たくなって置手紙をして1人で見に行ったアユコです。インパクト強すぎるだろう…w(2017年12月検定より)

過去問を繰り返し解く事で大まかな傾向をつかむ戦略は受験全般に言える事だと思いますが、大学受験の頃は意志がなくやり込んでいなかったため、「あ!受験ってこう取り組むんだ!」と実感しました。。

 

出題範囲の広さについて、元々関心があるのが中東~中央アジアという狭い範囲で、無意識に好きな分野ばかり取り組んでしまうため(カスピ海沿岸に行ってゴンバデ・カーブースが見たいな~とか考えてました)別の範囲も見るように意識していました。

悠久の歴史みたいなものが好きなのでスケールの大きい自然遺産は良いなぁと思ったり、華美なイメージがあるヨーロッパにも当たり前ですが先史時代の遺跡があるという事に気付いたり、勉強が進むにつれて発見があり楽しかったです。逆に最後まで関心が湧かず苦手だった分野は現代の美術史です。丸暗記で乗り切ってしまった…。

 

そんなこんなで半年後の二回目の試験でようやく合格しました。200点中156点ですが合格は合格!この時の合格率は20.3%だったそうです。(合格率が20%前後になるよう調整されていると思われます)

最高得点の人には表彰状やトロフィーが贈られるそうです。文部科学大臣賞の基準は185点以上なのでほとんど落とせない件…。範囲が全世界遺産の中でそれだけ取れるのはすごいです。

世界遺産検定1級の点数はこのような感じでした。その他はもう少しがんばれ。

 

1級の次はマイスターです。試験概要は試験時間120分・論述3問で、1級までのマークシート方式とは毛色が変わります。

マイスターの試験は概念の説明や自分の考えの論述を求められるため、対策としては世界遺産年報を読んだり、TBSで日曜夜6時から放送している「THE世界遺産」をひたすら視聴したりして、世界遺産が抱えている現状の問題について考えておきました。

そして本試験ではちょうど関心があるトピック(富岡製糸場の来場人数が伸び悩んでいる件について)が出題され、たまたま良さげな意見を書く事が出来たので合格する事が出来ました。大学のサークルの合宿が新潟で開催された時、帰り道一人で富岡製糸場に寄っておいて良かった!(社会性がないw)

世界遺産検定マイスターの点数は非公開です。何点取れたんだろうか

 

合格した頃に仕事で悩んでいたので転職も少し考えたのですが、ちょうどコロナが流行り始め、世界遺産検定と相性が良さそうな旅行業が求人を取りやめた事もあり、資格は特に生かす事なく今に至ります。

という事で世界遺産検定はアイデンティティの一部となっただけですが、合格が自信に繋がったので受験しておいて良かったです。もちろん知識が広がった事も良かったです。知識が少しでもある状態で旅行に行った方が面白いと思っています。

 

あ、マイスター合格後に世界遺産アカデミー認定講師研修の案内が来たのですが、経歴記載が必須の上抽選制との事だったので「経歴で落とされるだろww」と思い、受けずじまいです。せっかくなので受けておけば良かった…。

講師研修案内メールより。「世界遺産検定マイスター各位」という強そうな単語…

 

あれから4~5年経った訳ですが、当時と比べて人生のタスクが増えてきており、結果論ですが仕事と直結しなかった事もあって当時勉強しておいて良かったなと思います。アラサー、考える事が多い/(^o^)\

 

ところでこの記事を今更書こうと思った理由ですが、現在の仕事に関連する国家資格の勉強を始めたので昔の資格試験の事を思い出しておきたかったのです。謎の自信が出てきたのでしばらく資格勉強を頑張ろうと思います。

自力で先祖調査してみたら19世紀の先祖の家が現存していたりで結構面白かった件

お久しぶりです。突然ですが、アラサーになり世代交代などを意識する歳になったからか自分の先祖に関心を持つようになりました。(ドグラ・マグラを読んでいるのもあります。あの家系は御免ですが…。)

先祖がそこそこの商人だったらしい(過去の栄光)という話を昔に聞いていたので墓標の名前で検索をかけて色々調べてみた所、19世紀後半に先祖が建てた家が市の歴史建造物に指定されて現存してるらしいという事が分かり、現地で先祖調査してみる事にしました。
※私の先祖を特定しても何にもなりませんが、個人情報は一応ぼかして書いておきます。

①戸籍謄本を取る

先祖調査の際には戸籍謄本を取るのが一般的だそうなので真似して取る事にしました。

まずは下準備です。先祖の戸籍謄本を取るためには私が直系血族である事を証明できる公的書類が必要なので、戸籍謄本を集めていくのが現実的です。あと、戸籍謄本は戸籍を置いている市町村でしか取れません。

今回は先祖調査をしに行く市町村に3代前以前の戸籍があるため、2代前(親・祖父母の代)までの戸籍謄本をあらかじめ取って準備しておきました。今回初めて知ったんですが、亡くなった人の戸籍は「除籍謄本」となり、戸籍謄本より高くて1通750円もしました。ひえー。多分色々コストがかさむんでしょう。
こうして下準備をし、1泊2日で1人調査に出かけました。

 

現地では市役所の戸籍課で戸籍謄本を代ごとに見せて行って関係性を証明し、すんなり請求できました。請求内容ですが、知識がなさすぎてネットで下調べをしても何を請求したら良いか分からなかったため「先祖調査してまして、、必要そうで取れる所まで発行してほしいです」と無知丸出しの無理なお願いをしました。
戸籍課のお姉さんも面倒な客来たな…と思ったと思いますが、30分かけて裏で調べてくれた…プロ….。お姉さんありがとう…。

 

結果、19世紀前半生まれの先祖の戸籍謄本まで取れました。厳密に言うと以前の様式のため改正原戸籍と呼ぶそうです。
取れたのは3~5代前までですが、その戸籍に入っていた人の情報まで載っているので、なんと25人も載っていました。昔は大家族だったんだなぁ。殆ど名前も知らなかった人達だったのでロマンを感じました。

あと、先代が隠居した数日後に長男が改名した記録が記載されていました。つまりは襲名というやつです。歌舞伎かな?軽く調べた所、江戸時代の商人は襲名の文化があったそうです。

 

②19世紀後半に先祖が建てた家を見に行く

最初に書きましたが、先祖が建てた家が市の歴史建造物に指定されてて現存してるらしいという情報があったので現地まで見に行きました。市のwebページに載っている情報が私の知っている情報と一致していたのです。

結果、さっき取った戸籍謄本の住所と一致した場所にあり、自分の特定力に感動しました。私の遠い遠い親戚が管理をしているようです。
100年以上前の建造物なのでさすがに古びてましたが、あ~昔ここに先祖が住んでたのか・・・としみじみしました。

 

③地域の博物館に行く

そこそこの商人だったら何かしら残っているだろうと思い蔵書検索をした所、先祖に関する資料が地域の博物館に存在する事が分かったので閲覧しに行きました。

受付の学芸員さんに蔵書の場所を聞いた所、学芸員さんが私の先祖をご存じな事が分かり、先祖に関する資料を何冊も奥から出してきてくれました。

特に、市が発行した人物名鑑には幼少期から晩年までのエピソードが顔写真付きで載っており、存命中の様子が分かって面白かったです。やはり地域ではそこそこの商人だったようです。

あと、学芸員さんってすごいなと思ったのが、私が別の資料を見ていた時に「次の資料の該当箇所、開いて置いておきました!」と伝えてくださった事です。アポなしで行ったのにプロってすごいなと思いました。お姉さんありがとう…。

 

④調査を終えて

その日は先祖の家に近い飲食店で夕飯を食べ、先祖の暮らした街のホテルに泊まり、遠い昔に思いを馳せながら1人夜を過ごしました。当たり前ですが自分が生まれる前に先祖が存在したからこそ今の自分があるんだなぁとしみじみしました。

翌日はお墓参りに行ったのですが、墓地の敷地内で私の遠い遠い親戚の家のお墓を見つけ、昨日取った戸籍謄本に載っていた数人もそこに眠っていた事が分かりました。まだまだ調べがいがありそうなテーマなので、今後も調査を続けていこうと思います。

最後に、今までどうして先祖の事を知らなかったかというと、数代前の先祖が財産運用に失敗したため昔の話どころではなくなったためです。オチ/(^o^)\

 

2023/10/15:表現を一部修正、アイキャッチ用の画像で良いものが見つからなかったのでとりあえず下のそれっぽい説明を入れた

戸籍は何度も改正されており、以前の様式の戸籍を改製原戸籍と呼ぶそうです



【人生振り返り】御三家の落ちこぼれがラブホの会社で5年勤続出来て生きやすくなった話

今回は、御三家の落ちこぼれの私が学生時代のラブホでのバイトをきっかけにラブホに就職し、5年勤続するまでの話です。
前半の苦い落ちこぼれ話から後半のラブホの話までカオスですが、まぁ世の中にはこういう人間もいるんだという事でよろしくお願いします。
注意:この自分語り、約3000文字あります笑

 

①中学受験で東京の御三家だけ受かってしまう

地元千葉の中学を目指していたのですが合格判定がいつまでも芳しくなく、塾の先生曰く「入試問題と相性が合いそうだから」という理由で行った事もない東京の御三家を受ける事が小6の秋に決まりました。
決めた時期が時期なので文化祭に足を運ぶ事もなく、過去問をひたすら解く日々を送りました。入試の日に初めて出身中高に行ったんですが、都会ってすごいな…と思ったのを覚えています。
結果、市川に落ち、本命の渋幕にも二次まで落ち、東邦大東邦は受験代の節約で受けず、何故か東京の御三家だけ受かりました。塾の先生、見抜いてたわ…。

入学後に中高の同級生から聞いた所、受けた学校は全勝という人が多く、入学前から基礎能力の差が歴然です。
入学熱意に関しても、ハチマキして夏合宿に臨んだりとか日曜特訓に行っていたとかでもなく受けてみたら受かってしまっただけなのでお察しです。思い返してみるとこの時点で失敗フラグ立ってますね…。

 

②物事を何も続けられなかった中高時代

入学したものの当たり前ですが授業に付いて行けず、最初の定期テストから呼び出されました。
部活も周りに付いていけず1年未満で退部。唯一続いたのは幽霊部員でも籍を置かせてくれる文化部だけです。
授業も全然分からず、鬱と睡眠障害で日中起きていられなかった事もあり基本寝てました。社会科目だけ昔からなんとなく関心があったのでそれなりに頑張りましたが際立って成績が良い訳でもなく、他科目はギリギリ進級を許してもらえるレベルでした。卒業式数日前にこのままでは卒業できませんと呼び出され、補習を受けて卒業させてもらいました。あれ、この人最初も最後も呼び出し受けてる・・・

 

あと、親の経済力とそれに付随する文化的資本も全然違いました。出身中高に通わせる父親の平均年収が週刊なんちゃらに書いてありましたが普通に半分以下でした!わはは
まぁ親の職業が有名になるような子の親がすごすぎるだけで私みたいな一般家庭はいたのかもしれませんが、当時は過敏になってましたね。ちなみに私の学費は祖父の遺族年金から出ていました。
生まれも普通で特に能力もなく、頑張っても周りのすごい人たちには勝てんわな…と無気力ぎみになり、自己喪失感が強まっていきました。こうして育った根深い逆高校コンプを高校卒業後10年は引きずる訳です。

③相変わらずな大学時代、ラブホでバイトを始める

そんな感じだったので大学受験は当然落ち、中高の同級生が全然行かない大学に進学しました。競争の土俵から降りられて少し安心したのが正直な所です。
ただ、勉強を頑張れなかった代償として自己喪失感は続きます。無気力な自分の関心を探るために他大学の授業も受けたりゼミやサークルも色々入ってみたりしましたがやはり長続きしない事ばかりでした。

大学でも相変わらずな感じでしたが、自分の関心を探るためにタウンワークを眺めていた所、ラブホのバイトって面白いのでは…?と思い、即応募してバイトを始めた事が解決の糸口になりました。
関心を持ったきっかけは街にラブホがあるリンダキューブというRPGが好きだったのもあります。いいですよ、回転ベッド!
非日常に関わるのが楽しく、すごく難しい仕事内容でもなく、あと、ようやく何者かになれた気がしました。周りの人でラブホで働いてる人はいなかったので。

バイトではフロントでアルメックス(ラブホ業界大手)のシステムを操作して、小窓から鍵を渡すおばちゃんの役をやってました。
あとは簡単なフードを調理して部屋に持って行ったり、レンタルのコスプレを持って行ったりですね。コスプレは洗濯機で洗って干してました。

交代の人が遅刻して終電を逃し部屋に1人で泊まったり、長時間延長付いてて内線にも出ないのでマスターキーで扉開けて生存確認したり、AVの撮影があったり、三が日が暇すぎて世の中の流れを体感したり…たまにトラブルがありつつも働いていて楽しかったです。
ちなみにお店が暇だった時はお店にあった季刊レジャーホテル(ラブホ業界誌)を読んでました。今も会社に届いたものを読んでます。綜合ユニコムさんいつも楽しい誌面をありがとうございます。
このラブホのバイトは大学卒業まで約2年続けました。未だにラブなので定期的にエゴサして感想をチェックしてます。昭和ラブホテルは維持費が大変なのでみんな写真撮影に行ってお金を落としてください。

④最初の就職で失敗、半年で退職してラブホに転職

ラブホのバイトが楽しかったあたりで人生の方向転換がうまく行きかけてたんですが、就活の時に紹介で受けて人事の印象が良かった頭脳労働系の会社に入ってしまいました。この会社で色々あり…詳細は省きますが、落ちこぼれの心をヨイショするのが上手かったです。ラブホでは楽しく働けた事を思い出し、半年で退職してラブホに転職しました。

ラブホに社員として入社してからはフロントやルーム清掃など運営全般に関わる事になりました。
3人以上で使用した部屋に使用済み避妊具が晒し首のように何個も置かれてたり、長時間延長付いてて内線にも出ないのでマスターキーで扉開けたら窓から脱走してたり、避妊具の在庫が3000個くらい入った段ボールを棚から落として拾い集める事になったり、、あと、やっぱり三が日は暇だった笑
ところで私が働いたラブホ2つでは部屋清掃の事を「部屋を作る」って呼んでたんですが、この表現はラブホ特有かもしれないです。一般のホテルだと作ってすぐ売るっていう意識は芽生えないですもんね。

現在は本部に異動し、勤続5年を迎えました。もちろん下っ端から始まりましたが、今では自分の名刺を持って外部の人と会ったり一人出張に出たりする機会も出てきました。
ラブホ業界へのコロナの影響は本部でもよく話題に上がります。例えば、まん防中のお酒の売り上げが伸びたり、車で行くような店舗の売上が伸びたりですね。車で行くような店舗ってコロナ前は車離れで今後売り上げが伸びないと業界誌でも言われていたので興味深い現象です。日常的にこういった会話が出来るのはやはり面白いなと思います。

⑤勤続5年を迎えて

現代において同じ会社に留まる事は必ずしも大事な事ではありませんが、物事を何も続けられなかった自分が関心を持って5年勤続できた事は大きな自信になりました。もちろん辞めたくなる事もありましたがラブホの上にも5年。関心を持つ事ができれば私でも物事を続けられるのではないかという自己理解が進みました。あとは職場の人間関係が良かった事もありますが今回の主題とは離れそうなので一旦置いておきます。(いつもありがとうございます)


学生の頃は自信のなさから人間関係を壊してしまう事も多々ありましたが、最近は中高の同期とも話せるようになってきました。中高の同期は社会的に立派な職業に就いている事が多いですが、こちらの世界に関心を持ってくれる事も多く感謝です。
やっと人生が生きやすくなってきました。昔は諦めていた色んな事にもまた取り組んでみようと思います。

 

2022/12/18:表現を一部訂正(後で見返すと見つかるのはなんでだろうw)、アイキャッチ用の画像で良いものが見つからなかったのでとりあえず業務用コンドームの箱の写真を下に貼った

業務用コンドームの箱

ザ・クレストホテル柏 2022/8

私の中の千葉とく大トリ、クレストホテル柏に来ました。帝国ホテルの子会社が運営しているようです。

開業が2000年と古め、調度品も少し古い所こそありますが、手入れがされていて豪華なホテルでした。平日は需要が落ちるのかビジホと変わらないくらい安いです。コロナ流行の今だけとは思いますがコスパ良しです。

ホテル外観。帝国ホテルグループなだけあって立派です。

ロビーは2階部分までの吹き抜けです。

内廊下

部屋タイプはツインベッドルームです。

部屋にゆとりがあるので読書とかもできます。

部屋にUCCドリップポッドがありました。置いてあるだけでテンション上がります。

お風呂はよくある感じですが少し広かったです。
大浴場は…帝国ホテルのイメージ的にありませんね。

 

朝食込みのプランで予約こそしましたが、朝食料金は税込1,320円だそうです。柏とはいえ帝国ホテル系列だぞ…安すぎんか…。

和朝食膳1,320円也。

見映えも綺麗で味も美味しかったです。

食後に紅茶をいただきました。

コワーキングスペースをやっていたようです。見つけられなかったので後日調べてみたら挙式の打ち合わせスペースの奥だったらしい。そこかい!

 

1か月延長を繰り返してきた千葉とく割、また延長で2022年9月までだそうです。

千葉とくはまだ続くようですが、行きたいホテルも行き尽くしたので私の千葉とくはこれにて終了です。

 

千葉とくで行ったホテル数、書いていない銚子を含めて16店舗でした。今年4月~8月の5か月で利用したので月3回くらいですね。

頻度は思ったより低かったですが、宮古島に行ったり、出張で社内のホテルに泊まったりしてたので仕方ない。結局ホテルというw

住まいが千葉なので気軽に行けて、ちょっとした地域再発見も出来て良かったです。お得なキャンペーンでした、ありがとうございました!

ホテルマークワンアビコ 2022/8

千葉ニュータウンのマークワンが良かったので我孫子店にも来てみました。

ホテル名に我孫子が付いてますが、最寄り駅は我孫子ではなく天王台です。絶対間違える人いるだろうな…w

 

1998年開業との事で年季はかなり入っていました。古いけど手入れはされている、という感じです。

そのせいか異常に安くて2人だと土曜でも1万行かないです。朝食大浴場付いてるのに!

マークワンはコスパ良くて好きになりました。

JR常磐線天王台駅前。お店はぽつぽつありますが寂しげな感じです。

ホテル外観。CNT店と同じような構造です(それはそう)

フロントにタピオカレモネードのサービスがありました。
ちょっとしたサービスが嬉しいマークワンです。

部屋タイプはレディースプレミアムです。
季節によってコンセプトを変えているそうで、この時はアリス仕様でした。

大浴場がありますがユニットバスもあります。
長期滞在者向けか、洗濯物干しが置いてあるのは珍しいです。

 

朝食はこじんまりとした感じでしたが種類はありました。

我孫子のお米を使っているそうです。

手作り豆腐がありました。

パンの種類も色々ありました。カボチャパンはあまりカボチャ感なかったですがw

 

チェックアウト後は手賀沼を渡り、道の駅しょうなんに行きました。

観光施設なのに千葉とく地域クーポンが使えません!大人の事情なのだろうか…。

今年(2022年)にリニューアルオープンしたそうです。
野菜は物によっては高いな…という印象です。

ところでこの地域はちょうどラブホがぽつぽつある地域で、車で道の駅に来た家族はヒンヤリするかもしれませんw

道の駅の前にHOTEL SARAの看板があります。道の駅からのハシゴかな?w

SMホテル、ホテルXの看板もあります。のどかな地域にSMとは…。
宿泊は珍しくやっていないラブホテルのようです。