ラブホ屋さんのホテル業界研究ブログ

雑記

ラブホや海外一人旅、人生の話などを細々と書きます(不定期更新)

先祖調査をし、曾祖父が樺太で銭湯を営んでいた事を確認した話

2023年秋、樺太に住んでいた先祖について調査した時の話を書きます。先祖調査の方法も記載しているのでご関心があれば参考にどうぞ。

 

 

・先祖調査をしようと思ったきっかけ

いきなり重いのですが、ここ数年でリアル知人の2-30代が数名亡くなり、人間の死について関心を持った事がきっかけです。

幼少期から親族の集まりで「先祖が樺太で銭湯を営んでいた」という事は聞いており、元々関心自体は持っていました。ただ、それ以上何かを追求するほどではなかったです。

ただ、ここ数年で自分に近い人間が相次いで亡くなり、「人間の死」というテーマに直面しました。そのような中で、以前聞いていた先祖の話をふと思い出し、「既に亡くなった人間がどのように人生を送っていたのか」という事を探求する旅に出ようと考えました。

 

・戸籍謄本を取得する

ネットでファミリーヒストリーの事を調べた所、戸籍謄本の話がヒットしました。まずは取った方が良いだろうなと思い、自分の戸籍謄本→親の戸籍謄本→祖父母の戸籍謄本・・・と世代を遡っていく事にしました。

 

戸籍謄本を取得するために必要な書類(大体どこも共通) ・請求書(現地で記載)
・身分証(顔写真と現住所が記載されているマイナンバーカードがベスト)
・対象者との関係性を示す書類(私は戸籍謄本を複数持参し、記載されている続柄から証明しました)
・取得代金(通常は300円ですが除籍謄本になると倍以上になるため注意)

 

なお、請求は役所に行かなくとも郵送で取得が可能です。その場合、請求書は自治体のwebサイトから印刷、身分証や関係性を示す書類はコピーを同封、代金は郵便小為替です。あと、請求理由に「先祖調査のため」と記載しておくと、戸籍係の方がその自治体で取得できる他の戸籍謄本の存在を教えてくれたりします。ありがたい。

 

また、住民票を置いている自治体に戸籍があるとは限らないので注意です。まずは取得できる戸籍謄本から取得し、取得した戸籍謄本に載っている以前の戸籍の自治体に請求…の流れが良いと思います。私はこのような流れで先祖を遡って行った所、オホーツク海にたどり着きました。

 

オホーツク海沿岸・北海道紋別郡から取り寄せた戸籍謄本の一部。
戸籍謄本はその人の人生が詰まっている感じでロマンがあります。

オホーツク海沿岸・北海道紋別郡から取り寄せた戸籍謄本(正確に言えば改製原戸籍)に、私の曾祖父の戸籍が元々樺太の大泊に存在した事が記載されていました!現在ではサハリン州コルサコフに都市名が変わっているようです。どこに住んでいたか番地まで確認できたので、次は何をしていたかを確認する作業に移ります。

樺太・大泊ことサハリン州コルサコフの場所です。めっちゃ北

 

・関東で下調べ

自力で戸籍謄本や国立国会図書館等々で調べたのですが進捗が乏しく、某大学で歴史研究をしている高校同期から調べ方を伝授してもらいました。御三家チート技です。

 

武蔵大学図書館~

探していた蔵書が武蔵大学の図書館にある事を知り、武蔵大学の図書館に行く事にしました。とはいっても学生ではないので、地元の図書館に紹介状(レファレンス)を書いてもらい、あらかじめ予約して訪問しました。

御三家・武蔵中と同じ敷地内にあります

武蔵大学図書館で確認した書物には私の曾祖母の父親の事が載っていました。今も昔も複雑な家庭なので名字がコロコロ変わっており、見つけるのに一苦労でした。ただ、目的の曾祖父の事は記載がなかったので調査はまだまだ続きます。

 

紹介状に「利用目的:調査研究」と書かれていました。間違ってはいない。

 

樺太への玄関口、稚内

高校同期から別の技「北海道立図書館で調べる」を伝授してもらっていたので、北の大地に足を運ぶ事にしました。また、せっかくなのでサハリンの姿を眺める事ができる…かもしれない稚内観光とセットにし、夫婦旅行としました。とはいっても調査中は一人で行動させてもらいました笑(感謝)

 

まずは稚内から行きます。稚内までの一般的な交通手段としては、稚内空港に降り立つか、札幌等々から特急宗谷に乗ってJR稚内駅まで行くか、もしくは車です。電車旅が好きなので今回は札幌から特急に乗りました。所要時間は約6時間です。

札幌発7:30、朝は早めです

車両はこういう感じです

車窓からは牛が見えました

 

JR稚内駅に到着した後、現在のサハリンを臨むために稚内駅から宗谷岬までバスで向かいました。

宗谷岬。この日は晴れていたのでサハリンのシルエットが見えて良かったです

宗谷岬樺太・大泊(現サハリン州コルサコフ)の地理関係が分かります


あとは、JR稚内駅近くに国際旅客ターミナルという名前のフェリーターミナルがあるとの事で見てきました。ここからサハリンに出発していたようですが、現在は諸事情で運航中止となっているため放置されてしまっています。

稚内港国際旅客ターミナル

内部写真(窓に張り付いて撮った)

 

・北海道立図書館の北方資料室へ

次は北海道立図書館です。最寄りはJR大麻駅で、徒歩で向かいました。

北海道立図書館の北方資料館、蔵書がたくさんあり興味深かったです。樺太関係の資料を書庫から片っ端から出してもらって読み、曾祖父が樺太・大泊で銭湯を営んでいたという記載を見つけました!

大泊の銭湯は10か所以上あったようです。複雑な家庭ゆえ私の名字とは異なっていますが、どれかしらが私の曾祖父です。えっへん。

 

大泊商工人名録。樺太に存在した王子製紙・大泊工場の事が裏面に記載されています。

 

・先祖調査を終えて

目的通りですが、既に亡くなった人間が確かに樺太という遠く離れた土地で生活し、銭湯を営んでいた事実を実感できた事が一番の収穫でした。私は人間がどう生き、どう死んでいくかという事の追求に関心があるかもしれません。ラブホの仕事も今の仕事もそういう要素があります。

 

あとは、唐突に発達障害の話題を混ぜますがASDの血筋」である事もなんとなく実感できて良かったです。私は自閉スペクトラム症ASD)の確定診断が出ています。ASDは学説によると父親由来との事なのですが、今回の調査対象は私の父親の父親の父親にあたる曾祖父です。

その曾祖父は元々東京に住んでいた事が戸籍謄本調べで分かっています。そこからはるか遠く極寒の樺太に移住し、銭湯を営み、子供(私の祖父)を育て、1945年の終戦間際、ソ連の占領を逃れるために北海道の紋別まで逃げ延びた…という流れなのですが、樺太に入植する」というあたりにASD気質を感じます。普通行く??寒いよ??生前の曾祖父と話してみたかったです。(エンデに行こう)

 

オホーツク海の流氷

余談:以前、紋別市ふるさと納税オホーツク海の流氷を送ってもらった事があります。当時はノリで注文しただけですが、今回の先祖調査を通して先祖が紋別に住んでいた事が分かったりと不思議な縁を感じました。流氷は溶けていく姿が趣深くて良かったです。

御三家ラブホ勤務、精神科でASD確定診断を受け人生に納得した件

早速ですが、精神科でASD自閉スペクトラム症)の確定診断を受けました。ネットではよくアスペと言われるものですね/(^o^)\

私の経歴は御三家/一浪/MARCH/ラブホ業界10年と段々社会から逸れてきているのですが、今回の診断と精神科医との対話を通して今までの人生に納得したので記載をしておこうと思います。

 

 

ASDとは

まず、ASDとは発達障害の一種であり、原因としては生まれつきの脳機能の偏りによるものと言われています。世間でよく言われている主な特性は「コミュニケーションがうまく取れない」「特定の事に関心が強い」などです。

 

▼今回の診断について

私の診断の流れとしては、

・精神科にて成育歴の聞き取り

・知能検査(WAIS-Ⅳ)の受検

・学生時代の成績証明書

以上を総合して診断名が付きました。

ただ、それぞれで何をやったか記載するよりも、特性を切り口として記載した方が伝わりやすいかなと思うので、私の特性で目立っている「集団行動が出来ない」「単純記憶や定型作業は出来るが論理が出来ない」という切り口から記載します。

 

①集団行動が出来ない

幼少期からとにかく集団行動が出来ませんでした…。

 

・幼稚園:お泊まり保育で周りの皆が食事の準備をしている中、最後まで寝ていた。

・小学校:一輪車部に入り、1人で一輪車に乗って遊ぶ。

・中学・高校:周りに似たような人間が多かった為かろうじて人権を保つ。

・大学:サークルの合宿に1人で現地参加。

 

とまぁ・・・主なエピソードとしてはこんな所です。社会への帰属意欲はあるのですが、集団行動がとにかく出来ません。迷惑をかけた事も多かったです。

 

②単純記憶や定型作業は出来るが論理が出来ない

WAIS-Ⅳにて、「処理速度と言語理解が高めだが知覚推理がとにかく低い」という結果が出ました。知能指数のIQで30くらいの差があります。実務的に言うと、単純記憶や定型作業は出来るが論理がとにかく出来ないという所です。

 

例えば中学受験の塾にて、論述式の回答が求められる某御三家を目指すクラスに小6夏から突然入る事になったのですが、算数がほぼ0点という壊滅的な結果でした笑

これは無理だと思い、比較的単純な問題を多くこなす事が求められる某御三家を目指すクラスに小6秋から入る事になりました。結果として御三家だけ受かり他が全落ちという御三家あるまじき事態で終わってます。

 

その時に塾の先生にも言われたのですが、私の出身校である某御三家は社会科の配点が高く、私は単純記憶の社会科が得意だったので社会科ブーストで受かったと思われます。ちなみに塾に通う金がなかった事もあって社会科は基本独学だったので、好きな事だけは勝手に取り組む性質はこの頃からあったと思います。まぁ基礎学力が足りない中で入った学校なので入学後に苦しみました。。(苦笑)

 

入学後に困った事としては、中学入学以降の理系科目が全く分からなかった事です。例えばH2Oと聞いてもイメージが出来ない、サインコサイン#とは…みたいな感じです。

中学受験の理系科目に関しては、柔突起とかの単純記憶だったり、旅人算の解き方をパターン記憶したりで行ける部分もあったのでなんとかなってただけだと思います。理系科目は大体赤点でしたが、高卒資格はくれたので感謝です。

 

このような感じで論理が出来ないタイプだったので、定型作業が比較的多いラブホの現場仕事は自分に向いていました。現在は現場から異動して法律関係の仕事をしていますが、法律に沿って動けば良いので何とかなっています。あとは1人で完遂できる事が多いのも自分に合っていると思います。その話はいつかどこかで。

 

▼まとめ

まぁASDは生まれつきなので仕方がないですね。私の親は診断こそ受けていませんが、父親はASDに近い所があります。長文お気持ちラインを一方的に送ってきて、私が何か送っても返信はしない。笑

 

ただ、自分の得意不得意がはっきりしているので家事の分担はしやすいです。元から感じていた事ではありましたが、診断を受けてよりはっきりしました。

例えば私の結婚相手は身体障害者で料理や買い出しが物理的に難しいのですが、私は定型作業の家事が好きなので喜んで引き受けています。最近はきゅうりの浅漬け作りが好きです。逆に私は論理がとにかく出来ないので、資産運用のような類のものは相手に任せています。なんか障害者夫婦みたいになってしまいましたが、結婚は支え合いだと思うので逆にちょうど良かったかもしれないです。

 

という事で、私は得意な分野を1人でやらせてもらえれば割と社会でやっていける気がしてきました。ただやはり論理が出来ないので、経験値を積んで思考パターンを覚えていく事で対処していければな~と思います。

 

町田 HOTEL ATLANTIS ホテルアトランティス 401

最近のブログは自分の御三家ラブホ人生について書く事が多かったですが、久々にラブホレビューを書いてみようと思います。

 

利用したのは2023年11月です。中高同期の優雅なホームパーティーが東京西部で開催された帰り、ギリ東京の町田へ寄ってみる事にしました。

横浜町田ICの船

横浜町田IC、今回泊まった船以外にも奇抜な外観のラブホが多くて面白かったです。ICラブホは目立ってナンボだなと思います。

ちなみに横浜町田ICの他ラブホはベストディライト社がほぼ独占状態でした。ドミナント戦略ってやつですね。

 

いざ船の中へ。ロビーの共用部でアメニティを取りつつ、アルメックス社のタッチパネルで部屋を選択します。

以下、誰もいない事を良い事に共用部の写真をパシャりました。(利用している事や働いている事を秘密にしたい人が多いと思うので確認必須!)

ロビー①:船長がお出迎え

ロビー②:アメニティ類

ロビー③:ビンに入ったドライフルーツ、バリアンを彷彿とさせる

ロビー④:システムはアルメックス

 

ラブホ業界歴も長くなってきて、少しは業界周りの知識が付いてきました。

ラブホに行く時に、そのラブホの根拠法令が風営法か旅館業法か、用途区分は何か、アメニティ業者がどこか、システム周りの弱電業者がどこかをそれとなく察するのが好きです。

 

今回の話に戻りますと、ホテルアトランティスは旅館業法のホテルでした。パネルこそアルメックスで選ぶ形式ですが、フロントでお会計する一般的なホテルと同じ業態です。外見の奇抜さは風営法とはイコールではないようです。

室内①:貝殻ベッド!

室内②:元々ホテルクイーンエリザベス石庭の建物だったようで、その名残が残っていました。

お風呂:立地上、外の車の音めっちゃ聞こえてくるので注意(仕方なし)

サウナもありました。世間のサウナブームに乗じてか、サ活ラブホが増えた気がします

部屋照明を消すとムーディーになります

 

ここから下は内装以外のあれこれです。

ペットボトル、高木商会だった気がします

アメニティ・パウチ:ベストディライトのロゴ入り特注品でした。

夕食:無料のポパイ丼・(こちらは有料の)パフェ
栄養を全く考えない食事もたまには必要。

朝食:フレンチトースト、アイスコーヒー

 

朝食をいただき、徒歩20分かけて南町田(省略)駅まで帰りました。ICラブホは基本車移動が主流ですが、個性的なラブホを歩いて見て回るのも結構面白いものです。

南町田グランベリーパーク駅。おしゃれ。

御三家の落ちこぼれがラブホ業界の社員として5年勤続出来て生きやすくなった話

今回は、御三家に入学した私が大学時代のラブホバイトをきっかけにラブホ業界で社員として就職し、5年勤続するまでの話です。
前半の落ちこぼれ話から後半のラブホの話までカオスですが、まぁ世の中にはこういう人間もいるんだという事でよろしくお願いします。

 

・中学受験

地元の進学校を目指していたのですが、塾の先生曰く「入試問題と相性が合いそうだから」という理由で行った事もない御三家を受ける事が小6の秋に決まりました。
決まった時期が時期なので文化祭に足を運ぶ事もなく、入試の日に初めて出身中高に行き、都会ってすごいなーと思った事を鮮明に覚えています。結果、何故か御三家だけ受かり、他は全滅しました。塾の先生の見抜きはすごい。

入学後に中高同期から中学受験の話を聞いた所、受けた学校は全勝という人が大半で、入学前から基礎学力の差が歴然です。思い返してみるとこの時点で失敗フラグが立ってました。

 

・中高時代

御三家に入学したものの授業に付いていけず、最初の定期テストから呼び出されました/(^o^)\社会科目だけは得意だと考えていたので自分なりに頑張りましたが、際立って成績が良い訳でもなく、理系科目はギリギリ進級を許してもらえるレベルでした。卒業式数日前にこのままでは卒業できませんと呼び出され、補習を受けて卒業させてもらいました。

 

また、親の経済力とそれに付随する文化的資本も全然違いました。出身中高に通わせる父親の平均年収が週刊なんちゃらに書いてありましたが普通に半分以下でした(笑)まぁ親の職業が有名になるような子の親がすごすぎるだけで私みたいな一般家庭はいたと思いますが、当時は過敏になってましたね。ちなみに私の学費は祖父の遺族年金から出ていました。

 

あとは在学中、ある日突然無気力と不眠状態に陥り、精神科でうつ病と診断されました。後日談ですが、うつで歯が磨けなくなった結果20代で歯を三本抜歯しました、、インプラント高いよ~)

 

・大学時代

大学受験は当然上手く行かず、一年浪人してMARCHへ進学しました。落ちこぼれな事に変わりはないですが、競争の土俵から降りられて安心したのが正直な所です。精神状態は回復傾向で、中高時代に比べると自由が増えたので、関心がある事には片っ端から取り組みました。

 

そのような中、タウンワークでラブホのバイトの求人を見かけ、面白そうだなと思い応募してみる事にしました。そのラブホはいわゆる「昭和ラブホテル」という括りのラブホで、裏側はどうなっているのか単純な好奇心が湧いたという経緯もあります。

 

面接では意外と優しめな社長が出てきて驚きましたが無事採用され、ラブホのバイトを始めました。メインのポジションはフロントでしたが、他にもフードを調理して部屋に持って行ったり、レンタルのコスプレを洗ったり持って行ったり、リネンを発注したりと色々やってました。

 

エピソードとしても色々な事がありました。例えば突発的に残業が発生して終電を逃し1人で部屋に泊まったり、AVの撮影があったり、三が日が暇すぎて世の中の流れを体感したり…たまにトラブルがありつつも働いていて楽しかったです。このラブホのバイトは大学4年の3月まで続けました。昭和ラブホテルは維持費が大変なので写真撮影に行ってお金を落としてください。

 

・社会人

ラブホのバイトが楽しかったあたりで人生の方向転換がうまく行きかけてたのですが、就活で迷走していた頃に出会った人事の方の好印象に引っ張られ、ラブホ以外の会社に入社してしまいました。方向性を間違えてしまった事に気付き、数ヵ月で退職してラブホに社員として転職しました。

入社してからはフロントだけでなくルーム清掃など運営全般に関わる事になりました。外国籍の清掃スタッフから「とにかく来て欲しい」と呼ばれて部屋に行った所、使用済み避妊具が晒し首のように何個も置かれてたので国籍を超えて盛り上がりました(笑)

他には、長時間延長付いてて内線にも出ないのでやむを得ず突入したところ窓から脱走してたり、社会人最初の名刺交換が警察だったり…あと、やっぱり三が日は暇だった。

あとはタイムリーな話、コロナのラブホ業界への影響はよく話題に上がります。例えば、まん防中のお酒の売り上げが伸びたり、車で行くような店舗の売上が伸びたりですね。以前は車で行くような店舗は車離れによって売り上げが伸びないと言われていたので興味深い現象です。日常的にこういった会話が出来るのはやはり面白いなと思います。

 

・勤続5年

現在は異動して事務方の仕事に就き、勤続5年を迎えました。最初は下っ端から始まりましたが、最近は一人出張の機会も増えてきました。

現代において同じ会社に留まる事は必ずしも大事な事ではありませんが、落ちこぼれの自分が熱意を持って5年勤続できた事は大きな自信になりました。ラブホの中にも5年。あとは職場の人間関係が良かった事もありますが今回の主題とは離れそうなので一旦置いておきます。


学生時代の同期達は社会的に立派な職業に就いている事が多いですが、こちらの世界に関心を持ってくれる事も多く感謝です。やっと人生が生きやすくなってきました。これからも自分なりに楽しく生きていこうと思います。

 

▼アイキャッチ用の画像で良いものが見つからなかったので業務用コンドームの箱の写真を下に貼った

業務用コンドームの箱

アゼルバイジャン

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アゼルバイジャンっぽい1枚

コロナ前、2020年1月にアゼルバイジャン一人旅をしてきました。

当時はイランとアメリカが緊張状態に陥ったためイランへの飛行機をキャンセルし、イラン北のアゼルバイジャンへ旅先を変更したのですが、今は旅行自体が厳しくなってしまいましたね。行ける時に行っとくべきだなと強く思いました。

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世界遺産検定マイスターに合格した話をちょろっとアゼルバイジャン前に混ぜ込みます。

代ゼミ本部校で受けたよ、個人的に一級の方が難しいと思うよという所です。あと、大学のサークル合宿の帰り道に1人で富岡製糸場に行ってたおかげで三問目の論述が書けました(笑)人生なんでも役に立つなと思いました。

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代ゼミ本部校で受けました。東大模試と同列のせかけん

マイスター認定はバッジ付き

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アゼルバイジャンの話に戻ります。街並みが思ったより整ってて驚いたので街並みの写真から

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ヨーロッパ的な感じ?(ヨーロッパ行った事なし)

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建物の奇抜な感じは中東の湾岸っぽい

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展望台より。右の奇抜な建物は上の写真の所ですね

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展望台からケーブルカーで麓まで。ケーブルカーの駅おしゃれっすね


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夜めっちゃ光る

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モスクも光る

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モスク、エスカレーター付いてた

首都バクー市内はめちゃめちゃ綺麗でした。。次はカッフェの写真

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猫カフェsoulmatecafeにて。これはすみっこで寝始めた猫

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スタバがそこそこあった

おしゃれカッフェはこの辺までで、次は大衆食堂に行った時の写真です。スタッフさんによそってもらうスタイル

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ラム肉をブドウの葉で巻いたやつ、前代未聞の味だった

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ハーブっぽい味付けだったじゃが

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ナンありがち

↓この辺の市場の雑多な感じが好きです(@Sadarak Shopping Center)

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カーテンの売り方!

郊外の写真あれこれ

自力で行く事にやや疲れてたので、街で募集してた現地ツアーで回りました。パキスタン人とかバングラ人とかと色々話せたのでそれはそれで楽しかったです。

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アゼルバイジャンは火の国的な意味らしく、名前の示す通り火が発生してる所が多数

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泥が湧き出てくる所もあった。ぼこぼこ


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世界遺産、ゴブスタンの岩絵(良かった)

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Qabalaという北部の都市に行って雪山を登りました。途中ロープーウェイが止まってヒンヤリしました

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アゼルバイジャンはお茶が美味しかったです。日本茶に似てる気がします

イランのケルマンシャーとハマダーンに行った話③

出発前日にテヘランに戻りました。
イランの交通機関、時間通りに動かない事が多いので念のため前日入りです。

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tehran kowsar hotel
Wi-Fi付いてたしバスタブがあった(ただし栓がないので尻で栓をする必要がある)ので良かったです
ただ、ここのエレベーターの扉が普通のドアみたいに押すタイプな事に気づかず、エレベーターにしばらく閉じ込められて死んだ😇

 

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北部の山のテレキャビン(ロープウェイ的な乗り物)に乗ろうと路面バスで現地に着いた所、なんと休業だったので途中までハイキングしてきました
景色については、空気が淀んでるからかそんなに綺麗ではない笑

 

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ガラス博物館的な所
昔の人が作った謎の創作物を見るの結構好きです、かわいい

 

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日本料理屋KENZOに再訪
味噌汁だけはまんま日本の味なのでめっちゃ安心します、何故他の料理は微妙に違うのか

そんなこんなで日が暮れ、バスの終電は逃したっぽいのでタクシーで空港に行って帰国しました。
次はイラン南西部に行きたいと思ってるのですが帰国後に爆発したっぽいのでやや様子見をしつつ、まあでもおそらく行くとは思います。その時はまた書こうかなと思っていますのでお付き合いください。

イランのケルマンシャーとハマダーンに行った話②

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ハマダーンに着いてまずは宿探し
ホテルの名前は覚えてないんですが、シャワーとトイレ(穴)がめっちゃ近くてなんぞこれという感じでしたw
休みたいなら宿には投資すべきですね…

 

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アヴィケンナの墓
中には薬学っぽいそれとかあれとかが置いてあった気がします(poisonってめっちゃ書いてあった気がする)

 

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墓の前で著作売ってました

 

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丘を登ってエクバタナ遺跡エリアへ。
これは保護された内部ですが、壺が可愛かったです

 

実は今回営業をかけてきたイラン人現地ガイドと2人で回っていた事もあり、ガイドの同僚達を交えてエクバタナの丘の博物館前で写真を撮りました。
大学の観光学部が近くにあるらしく、そこの出身の方が多いのだそう。遺跡の近くの大学ってロマンあるなぁ

 

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ガイドと別れてユダヤ教の協会へ。
ここハマダーンはユダヤ人を守った王族がいた(旧約聖書エステル記)関係から、ユダヤ教の人が少なからずいるそうです。
周りがシーア派!緑!黒!って感じの雰囲気なのに、ここだけ異世界で面白かったです。

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人気キャラクターに似た何かを探すのが好きです

 

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ハマダーンのウサギ

 


ギャンジナーメ
郊外なのでタクシーを拾って行きました。
アケメネス朝時代の楔型文字で書かれたレリーフがある水が多い公園です。家族連れ涼みスポット。
家族連れに絡まれて一緒にわたがしを食べるイベントが発生したりしました。